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前橋地方裁判所 昭和35年(む)174号 判決 1960年7月10日

被疑者 桜井俊夫 外一〇名

決  定

(被疑者、弁護人の氏名略)

右の各被疑者に対する住居侵入ならびに威力業務妨害被疑事件について、前橋地方裁判所裁判官千種秀夫等のなした各勾留の裁判に対し右の各弁護人からそれぞれ準抗告の申立(本決定書末尾添付申立書記載)があつたので、当裁判所は右の各申立を併合して次のとおり決定する。

主文

本件申立のうち、被疑者桜井俊夫、同福田富衛、同反町一吉、同高橋勇、同戸崎弘、同市村豊、同永倉義郎、同中原健太郎、同梅山太平についての本件各申立はこれを棄却する。

被疑者田中達也、同高橋照男に対して前橋地方裁判所裁判官が昭和三十五年七月七日付でなした各勾留の裁判はこれを取消す。

被疑者田中達也、同高橋照男に対して前橋地方検察庁検察官前野定次郎が昭和三十五年七月七日付でなした各各勾留請求はこれを却下する。

被疑者桜井俊夫、同高橋勇、同高橋照男につき弁護人六川常夫がなした本件各申立はこれを棄却する。

理由

本件準抗告申立の趣旨およびその理由は、本決定書末尾添付の前記各弁護人提出の「準抗告の申立」ならびに「準抗告申立補充書」と題する各書面に記載せられているとおりであるから、ここに、これを引用する。

第一、被疑者田中達也、同高橋照男両名を除く爾余の被疑者等について。

本件各勾留関係記録および本件各捜査記録によれば、右被疑者らは「国鉄労組員および支援労組員など多数の者と国鉄の列車運行業務を妨害することを共謀のうえ、昭和三十五年六月四日午前三時二十七分頃前橋市古市町四百七十一番地所在の新前橋駅構内北部信号扱所において前記労組員ら七、八十名の者と共に同信号扱所内に侵入し、折柄同所内において信号操作の為、就労中の信号係浅野定義外一名の腕をとり、押すなどして、同所南側休憩室に押しこんだ上右信号扱所を占拠し、よつて同人らをして、信号取扱作業を停止するのやむなきに至らしめ、もつて威力を用いて国鉄の列車運行業務を妨害したものである」という被疑事実について、刑事訴訟法第六十条第一項第二号により「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある」ものとして勾留せられたのであり、右の弁護人らの本件各申立の理由とするところを要約すれば、本件捜査当局は、事件当日現場において撮影した相当数の現場写真、本件当日新前橋駅構内に派遣されていた六十名以上の鉄道公安官ならびに国鉄当局側の者からの供述調書等の証拠を多数その手中に収めているのであるからもはや被疑者等が隠滅すべき人的、物的証拠としては何等存在しないものであり、また被疑者等には証拠を隠滅する意思もないしその可能性もない、というのであるが、本件の如き多数の関係者が集団となつて惹起した事犯の捜査においては、ある程度外形的実行行為の外貌が把握せられ得たとしてもその事犯の全容を解明し得たものとして訴訟上罪証隠滅の虞なしとするのは早計たるを免がれない。

右の如き観点からすれば前記の如き本件弁護人等の主張は失当なりと断ずることが出来る。

更に右弁護人らは本件においては被疑事実に指摘せられているが如き「共謀」なるものが存在しないと主張しているのであるが、前記の如き各記録等の資料を検討するに右の各被疑者が本件事案に関与した態様ならびに本件において演じた各自の役割および地位等について考察すれば右の主張は被疑者らが本件犯罪事実の重要部分を否認するにすぎずひいては犯罪の嫌疑のない旨の主張に帰着するものであつてかかる理由にもとづく主張は勾留処分を受けたことに対する不服申立の理由として当を得ないものであること明白であり、準抗告の申立によつて争うべき問題ではなく、本件申立の理由としては不適法である。

また右に掲げた点以外に本件申立の理由として主張せられている各論点はいずれも、これを要約し、詮ずるところ、前記二点と同じ趣旨を異なる見地から敷衍したものにすぎないことに帰着する。それ故、これらの各論点について改めて検討するまでもなく、いずれも本件勾留の裁判を取消すに足るべき程度のものとは考えられない。

以上のような観点から、本件事案の全容およびその情況に照らして前記被疑者らについては、なお罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由が存在するものと解する。

よつて本件申立のうち前記各被疑者を勾留した原裁判は相当であつて、右裁判の取消を求める前記各弁護人らの本件申立は結局理由がないこととなるので刑事訴訟法第四百三十二条第四百二十六条第一項を適用して、右申立を棄却する。

第二、被疑者田中達也、同高橋照男について。

本件各記録を検討するに、右の被疑者両名が本件犯行に参加し、被疑事実指摘の如き行動をなしたことは、十分これを肯認するに足るべき証拠が存在している。しかしながら右の両名について罪証隠滅のおそれありや否やの点について考究するにいささか微妙な点なしとはしないのであるが、当裁判所は本件捜査の状況に鑑み右の両名については罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるものと断ずるに足らないと思料する。

よつて右の両名については弁護人等の本件抗告は理由があることに帰着するので、右の申立を許容すべく、刑事訴訟法第四百二十六条第二項第四百三十二条を適用し、右の被疑者両名についてさきに当裁判所裁判官のなした原裁判をそれぞれ取消し、検察官の勾留請求はいずれもこれを却下する。

第三、被疑者桜井俊夫、同高橋勇、同高橋照男について弁護人六川常夫のなした準抗告の申立について。

右申立は刑事訴訟規則第六十一条の規定に違反し不適法であるから、刑事訴訟法第四百二十六条第一項第四百三十二条を適用し抗告の手続がその規定に違反したものとしていずれもこれを棄却する。

以上の各理由によつて主文のとおり決定する。

(裁判官 細井淳三 藤本孝夫 石川哲男)

(準抗告の申立)(略)

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